home 八重 襄 八重&襄 八重 参謀!黒田官兵衛の決断 平清盛ゆかりの地を訪ねる

婚約から結婚へ。八重は襄と結婚し、山本姓から新島姓になりました。
そんなふたりの結婚式と新婚生活は?

八重と襄の結婚

山本八重から新島八重に

八重と襄の結婚

年が明けて明治9年(1876年)1月2日。八重は洗礼を受けました。場所はジェローム・ディーン・デイヴィスの自宅。八重は京都で初めてプロテスタントの洗礼を受けた人物ということになります。

そして翌日、二人は結婚。八重30歳、襄32歳のことでした。
結婚式はデイヴィスが司り、八重は手製のドレス姿で登場します。式に参列した同志社の生徒たちは「靴を履いてドレスを着た日本人の女性を見るのは、これが初めてだ」と感想を述べています。
式自体もこれまでの日本式ではなく、簡素なものでした。式に供されたメニューは八重の手作りクッキーだったとされていますので、それだけでも充分簡素ぶりが伝わってきます。

また、参列者も覚馬と同志社関係者など40名ほどと規模の小さなものでした。ディヴィス邸での式が終わると、あらかじめ相場の倍の料金の10銭(現在の2,000円)で呼んでおいた人力車にふたりで仲良く相乗りして自邸へ戻りましたが、これも異例。
当時の日本では人力車に夫婦が一緒に乗るという発想は、まだなかったのです。
なお、結婚式にかかった費用は、お祝いの日だからと奮発した人力車代のみ。八重と襄は現代の金銭価値でわずか2,000円で挙式を済ませたことになりますね。

京都府立京都第一高等女学校
▲禁裏を中心とした旧京都図

八重と襄の新居は女紅場や同志社の仮校舎のすぐ近くにあります。この新居は御所に勤めていた役人の岩橋元勇から借りたもので、江戸期のもとだと想定される古地図(上図)にも岩橋の名が記されています。

とはいえ、解雇された職場(女紅場)の真ん前に住むキモチというものは、もしかしたら複雑だったのかもしれません。今となっては窺い知ることもできませんが…。
ちなみに、八重と襄の新居のすぐ北隣にある清荒神は、このそばの地名・荒神口(こうじんぐち)の由来となっているもので、護浄院というお寺です。

京都府立京都第一高等女学校
▲京都府立京都第一高等女学校
(当時の女紅場、現・京都府立鴨沂高等学校、
京都市上京区寺町通荒神口下ル松蔭町131)

八重、女子教育の塾を開く

アメリカから帰国後も、襄はアンドーヴァーのメアリー・エリザベス・ヒドゥンに手紙を送っていました。
その中で、襄は「ふたりの間にはまったく不一致はありません。幸せに暮らしています。この素晴らしいパートナーと一緒になってからは、体調もじわじわと良くなり、よく眠れるようになりました。この冬に至ってはリューマチで痛むこともありませんでした」と綴っています。

ふたりの借家は役人が住んでいたとはいえ、小さなものでした。
八畳と六畳の二間とダイニングが四畳半、襄の書斎が二畳。玄関は薄暗く、庭先もわずか一坪ほどしかありません。
けれども八重はそんな狭い家でじっとしている女性ではなかったのです。

結婚の翌月には、八重は自邸で女の子向けの塾を始めてしまいます。もちろん無断でというわけではなく、デイヴィスに相談の上でのこと。デイヴィスの妻の姉であるエドワード・トッピング・ドーン夫人(Mrs. Edward Topping Doane)と一緒にスタートしました。

生徒は3人。一組の姉妹と、なぜか女の子向けの塾に9歳の男子がいました。さすがに気恥ずかしさが勝ってしまったのでしょう、すぐに男子は辞めてしまいます。おまけに残った姉妹も姉が病死し、妹も嫌気がさして退塾してしまったのです。
意気揚々と始めた私塾でしたが、気がつけば消え失せてしまっていたのでした。

京都迎賓館
▲京都迎賓館 (当時デイヴィス邸があった場所・ 京都市上京区京都御苑内23)

春になりました。4月、群馬に住んでいた襄の両親と姉が京都へ移ってきます。
また同じ4月、アメリカン・ボードに属する太平洋婦人伝道会からアリス・ジェネット・スタークウェザー(Alice Jennette Starkweather)が京都に派遣され、京都御苑にあった旧・柳原前光(やなぎわらさきみつ・旧公家)邸のデイヴィスの自宅に寄留するようになりました。
京都御苑の御所(禁裏)の東側は公家や宮家の住居が多く建ち並んでいましたが、東京奠都に伴い公家たちも東京へ引き払ってしまいます。公家の柳原邸も同様で、このあたりは空き家が多く荒れていたのです。デイヴィスがこの地に住むようになったのも、そういう事情から家を入手しやすいためなのでした。

翌5月にはスタークウェーザーは早速キリスト教教育の実施を手掛けます。
しかし、このスタークウェザーの登場が旧態依然の京都において、やはり厄介を引き起こしてしまうことに…


画像引用:国際日本文化研究センター(http://www.nichibun.ac.jp/)
国立国会図書館(http://www.ndl.go.jp/scenery/kansai/map/map_o/kyoto-fu/index.html)
内閣府(http://www8.cao.go.jp/geihinkan/kyoto/kyoto.html)
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